『八時間労働発祥之地』とは
現代に通ずる労働制度が実施された地に建つ記念碑
『八時間労働発祥之地』とは兵庫県神戸市中央区にある、その名の通り8時間労働制の発祥地に建てられた記念碑のこと。この労働制は、神戸市に設立された川崎造船所(現川崎重工業)が、1919年に日本で最初に本格導入したと言われている。

労働条件の改善要求がきっかけ
1918年の第一次世界大戦終結後、物価上昇などによって労働者から賃上げを要求する動きが全国的に起こっていた。
川崎造船所も同様に、1919年9月15日に従業員から改善要求が提出されていたのだが、それに対する松方幸次郎(当時の社長)からの明確な回答がなかったという。これに不満を持った従業員たちは、9月18日からサボタージュ闘争という手段に出た。そして10日間にも渡る争議の末、松方は同年10月から、
- 8時間制の施行
- 従来の10時間制のときと同額の賃金支給
- それまで支給していた7割の歩増を本給に繰り入れ
という方針を発表し争議は解決した。


ちなみに、この争議以前から8時間労働制を導入していた会社はあったようだが、川崎造船所の件は大企業ということもあり、その動向は度々新聞に取り上げられていたという。そのため、この決定は世に衝撃を与えたとともに、8時間労働制が全国的に普及する大きな潮流を生み出した。
働き方改革のシンボルとして建てられた
日本の法定労働時間は、1947年の労働基準法で制定された週48時間制が始まりとなっている。そこから1987年、法定労働時間を週40時間に短縮する方向性が明確化された。そして1993年、週40時間制とする改正案が国会提出され、1994年4月1日から実施されることとなった。
この大きく働き方が変わる流れに伴って、当時、兵庫労働基準局長だった畠中信夫は、機運醸成となるシンボルを制作することを発案。そして過去に、労働時間の短縮が初めて大々的にかつ、組織的に実施された神戸の地で、川崎重工・神戸工場をバックに記念碑は設置された。


記念碑の作者は奈良県出身の彫刻家で、パブリックアートの制作事例も多い井上武吉が手掛けた。

「8時間」の産声
1800年代にイギリスから始まった
8時間労働制が世界で最初に提唱されたのは、イギリスからだと言われている。産業革命期のイギリスでは、当時一日の労働時間は平均10時間をゆうに超えていた。
1790年にマンチェスターで紡績工場の経営で富を得た実業家のロバート・オーウェンは、その過酷な労働環境をを改善したいと考えていた。そこで、資本家と労働者との理想的な工場経営をコンセプトに、1798年に買収したスコットランドのニューラナークの紡績工場で労働条件の改良に取り組んだ。
仕事に8時間を、休息に8時間を、やりたいことに8時間を
オーウェンは1800年から労働環境を改良するために様々な実験を開始した。そして1810年に、自身の工場で10時間労働制を取り入れた。
1817年には「仕事に8時間を、休息に8時間を、やりたいことに8時間を」というスローガンのもと、8時間労働制を目標に掲げた。このスローガンは各国にも広がり、「8時間労働」を求める労働者のデモが相次いで行われた。アメリカでは1886年5月1日、シカゴを中心に大規模なストライキが行われた。これが起源となり毎年5月1日は、「メーデー」と呼ばれる労働者の祭典が世界中で開催されている。
1919年には、国際労働機関(国連の専門機関)が採択した労働条件や社会保障に関する国際労働条約において、その第1号条約は「労働時間を1日8時間かつ1週48時間に制限する」と制定した。
日本の労働環境
上述通り日本では、1947年の労働基準法によって週48時間が制定された。その後改正され、現在は週40時間となっている。しかし現状は、8時間で終わるような仕事は少なく、大抵は時間外労働も行われている。それについても原則月45時間の上限規制はあるのだが(2025年現在)、36協定やみなし労働、果てはサービス残業に代表されるような労働者側のある種の善意などが下支えをしているケースが多い。その結果、労働者は心身の不調、最悪は過労死に至るなどなど問題は絶えない。
なお日本は、184もある国際労働条約のうち、批准しているのは48条約となっている。批准していない条約の多くは、労働時間や雇用形態についてのものである。
終わりに
8時間という伝統文化のその先
1800年代の工場労働において、どの労働時間が最も生産性が高くなるか実験したところ、8時間が効果的であったという結果が、欧米で起こった8時間ムーブメントの背景にある。そのためオーウェンのスローガンも、「おぼろげながら浮かんだ」時間ではない。ただ、もしこのとき、より短時間が最もパフォーマンスが良いという結果が出ていれば、今の労働時間はもっと変わっていたかもしれない。
他方、日本では昔から農業が基幹産業で、特に稲作は、手をかけただけその収穫量は大きく上がる作物だと言われている。そして技術発展により効率化が進み、土地生産性は増した。これにより農業は、時間はかかるものの、以前に比べ更に良い成果が出るようになった。しかしそれが、収入を増やすためにより働く状況も作り出した(また農業の多くは家族単位で)。そのような歴史が、長時間労働を受け入れる日本人の意識の背景(=勤勉さとも言われる)にあるのではとの見方もある(武谷嘉之『日本人の労働観 勤勉の始原と終焉(上)』奈良産業大学経済経営学会、2008年)。
近年は、時短勤務などのワークライフバランスを重視した労働形態が注目を集めている。また仕事も多様化し、これまでの法制度だけでは適切な労働時間が推し量れなくなっている。とはいえ、労働といえば8時間という図式は今も我々に深く根ざし、伝統文化のようにもなっている。いつか「Beyond 8時間」となる日は訪れるのだろうか。


主な参考資料
- 土方直史“ロバート・オウエン(イギリス思想叢書 9)”, 研究社, 2003年.
- 斎藤修“農民の時間から会社の時間へ”, 社会政策学会誌,15巻3-18, 2006年.
- 田中洋子“長時間労働の歴史・現在・未来”, 社会政策学会誌,15巻62-77, 2006年.
- 近本佳美“賃金労働者の労働時間にかんする考察”, 香川大学 経済政策研究 第3号, 2007年3月.
- 武谷嘉之“日本人の労働観 勤勉の始原と終焉(上)”,産業と経済, 22巻2号, 2008年3月.
- 公益社団法人 全国労働基準関係団体連合会“八時間労働制 日本を動かした松方の英断”(アクセス日:2025年2月21日) .
- 厚生労働省“労働時間法制の主な改正経緯について”(アクセス日:2025年2月21日).
- 厚生労働省“労働時間制度見直しの経緯”(アクセス日:2025年2月21日).
- 厚生労働省“時間外労働の上限規制”(アクセス日:2025年2月21日).
- International Labour Organization“Up-to-date Conventions and Protocols not ratified by Japan”, (アクセス日:2025年2月21日) .
- 日本経済新聞“もっと関西「8時間労働発祥の地」なぜ神戸? 川崎造船所が初 初代社長の先見(とことんサーチ)”, 2017年9月19日(アクセス日:2025年2月21日).
- 神戸市役所“神戸を知る 8時間労働発祥の地”, 2023年2月10日(アクセス日:2025年2月21日).
- The Illinois Labor History Society“The Haymarket Martyrs”, アーカイブ記事(アクセス日:2025年2月21日) .
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