区らしきの蓋 – 嘘が生んだ異界への入口

『区らしきの蓋』とは

ネット掲示板の住民たちが長年追い求めた、異界への入口「だったもの」

『区らしきの蓋』とは、広島県福山市にある、異界へ繋がると「当初は」思われていた場所。何とも奇妙な名前だが、なぜ一見変哲もない貯水施設(?)のような場所が異界へと繋がるのか。そして、「当初は」とはどういうことなのか。

そこには、インターネット掲示板のある書き込みから始まった、今では中々起こりえない「祭り」めいたムーブメントが関係していた。

行方不明に関する投稿がきっかけ

『区らしきの蓋』を巡る物語は、当時22歳のOL、HINA(ハンドルネーム)と名乗る人物が、2004年9月12日にインターネット掲示板「2ちゃんねる」のオカルト板に投稿した、ある書き込みから始まった。

岡山県在住のHINAは友人6人と飲んだ後、肝試しがてらに、何度も訪れたことのある、倉敷のとあるカーセ○○スの名所へ行ったという。だが、目的地に向かう道中の柵を越えて見えた電灯の真下に、これまで見たことない奇妙な扉(地面のため蓋状の入口と思われる)を発見したという。

扉を開けてみると中から異臭が漂ってきたが、6人のうち男3人は構わずそこへ入っていった。それから待つこと5〜6分、3人のうち2人が「中に誰かいる」と飛び出して戻ってきた。そのあまりの剣幕につられ、外で待機していたHINAたちも慌てて逃げたという。

逃走後しばらくしたのち、まだ1人が戻ってこないことに気づき2時間ほど待ってみたが、連絡はつかずそのまま行方不明になってしまったという。そこでHINAは情報提供を呼びかけるため、翌日掲示板に「本当に危ないところを見つけてしまった」というスレッドを立てた。

現地へ向かう者、そして投稿された「蓋」の写真

このスリリングな展開にスレッドの住民たち(以下スレ民)は大いに盛り上がった。そして早速、近くに住むというスレ民が一人、また一人とその「扉」を見つけるために現地に向かった。以下は、このスレッドに登場する主要人物である。

  1. HINA
    スレ主
  2. 黒帯
    書き込みを見て向かった最初の捜索者の一人。
  3. 区らしき市民
    二人目の捜索者。このムーブメントを生み出すことになった「蓋」の最初の撮影者。
  4. 566
    三人目の捜索者。初日から物語終盤まで懸命に捜索を行った。

  5. 「蓋」を発見した最後の捜索者。

最初のHINAの投稿を見て、それぞれ現場を探しに向かった黒帯、区らしき市民、566各氏。黒帯はHINAたちが見つけたと思わしき扉を発見し中に突入するも、行方不明の友人を見つけることは出来ず、またその後書き込みが途絶える。566は現場を発見できず結局帰宅。そんな中、区らしき市民が2004年9月13日に、当該場所と思わしき「蓋」の写真を撮影しアップするとともに、現地の異様な状況を実況しながら書き込みをした(『区らしきの蓋』の呼称はここからきている)。これにより現場の実在性は高まり、スレッドの空気は更に高揚していく。

次の日から、566などのスレ民たちがこぞって、区らしき市民が撮影した「蓋」の場所である倉敷市内を捜索するも中々見つからない。一方で区らしき市民は、HINAが通ったと思わしき「柵」の写真もアップするが、そこもスレ民の捜索では一向に見つからない。そのため、区らしき市民が撮った写真は果たしてHINAの事件現場なのか。そもそも、HINAの話は本当なのかといった疑惑が生まれていく。その後も様々な捜索者が現れるが、ネット掲示板特有の虚実入り混じった書き込みによって、スレッドは混沌としていく。

行方不明は作り話、スレ民の興味は「蓋」そのものへと移る

結論から先に申し上げると、HINAの話はであった。

捜索の勢いが止まらないスレッドに再登場したHINAは、「行方不明は嘘で、現在は入院中」と自白する。事態はこれで沈静化するかと思いきや、次にスレ民の興味は、区らしき市民が撮影した「蓋」は一体どこなのかに移ることとなる。予期せぬ方向へと盛り上がりを見せるスレッドの状況を鑑みたHINAは、2004年9月19日、「蓋はネタであった」、「HINAと黒帯は同一人物」などと述べ、スレッド自体が釣り(=嘘をつくの意味)であったことを更に自白した。

これにより、区らしき市民による写真や実況された書き込みもHINAの話に便乗した嘘ということになるのだが、それでもスレ民の『区らしきの蓋』に対する興味が収まることはなくむしろ過熱していく。

そしてここから、2年以上にも渡って繰り広げられる『区らしきの蓋』の捜索劇は、「倉敷蓋事件」「蓋スレ」などと呼ばれ、のちにオカルト板史上屈指の注目を集める伝説的なスレッドへと変貌を遂げていく。

※ここから68にも及ぶスレッドと、総コメント数68000件以上という膨大な展開が繰り広げられるため、本記事では簡潔にまとめる。詳細は記事執筆時に参考にした、スレッドのまとめサイト「探索に至る病」の「倉敷編」、「完結編」をご覧頂きたい。

「蓋事件」の顛末

翻弄する区らしき市民

「蓋」を特定したいスレ民の要望を受けて、区らしき市民は「蓋は倉敷ではなく、実は笠岡にある。自身は福山市民。」と告げる。この発言によって、これまでの倉敷での捜索は無に帰すこととなった。その後も区らしき市民は、雲を掴むようなヒントでスレ民を翻弄する。何が真実がわからないまま捜索が続行されるが、蓋らしきものは一向に見つからない。

見つかった「蓋」

その後、区らしき市民からの情報も途絶えるが、一部のスレ民たちは諦めず『区らしきの蓋』の捜索を続行していた。そんな中ある「名無し」のスレ民が、区らしき市民が撮影した「蓋」と一致する場所の写真をアップしたことで、スレッドは再度沸き立つ。しかし、そこから「名無し」による続報はなく、「蓋」に関する情報もこれまで同様にまた錯綜していく。

一方で、区らしき市民の「蓋は笠岡、自身は福山市民」という発言に疑問を持った566をはじめとする捜索隊は、場所を変えて福山での捜索を行った。すると、区らしき市民が撮影した「柵」と一致する場所を発見。このことから、「蓋」も同じ福山に存在する可能性が浮上する。

時を経て2007年2月16日、というスレ民が福山にて、『区らしきの蓋』と一致する場所の写真をアップした。時折現れては事態を見守っていた区らしき市民もその写真を見て「あ、蓋だ」と反応。その後、青が位置情報も公表したことで、実に2年以上も経過した『区らしきの蓋』を巡る捜索劇は幕を閉じた。

終わりに

今では中々見られないネットの団結力と、嘘を嘘として楽しめた時代性

一つの嘘から始まった「インターネット偽史」ともいえる物語(とはいえHINAの話は早々に嘘であることが判明しており、後は蓋の場所を巡る心理戦のようになっていたが)。だが、こうしたムーブメントは近年では起こりずらい。社会的なインフラ(電波・通信など)が今より未発達であったり、AIによるファクトチェックなどもなかった時代だからこその、ネットを通じた繋がりと団結力が生み出した産物が『区らしきの蓋』なのかもしれない。

そして何より、嘘を嘘として楽しむ、ある種のおおらかさもこの時代ならではかもしれない。同じ2ちゃんねる発祥の物語として映画・ドラマとなった「電車男」や、今でもSNSで見かける「マ○クで聞こえた会話」などに代表される、出来すぎたストーリーやオチがつく話は、近年では「嘘松」(=嘘つきを意味するネットスラング)といった言葉などで片付けられてしまうことが多い。

懐古したいわけではない。そもそも嘘はいけないことだが、とはいえこうした真偽の不明さを皆で楽しむ(あるいは嘘と分かった上で)、ネット特有の「粋」ともいえる空気感を味わえる日が現代でまた来ることはあるのだろうか。


主な参考資料

  1. 探索に至る病”(アクセス日:2025年4月30日).
  2. サンブログ“【蓋スレ】本当に危ないところを見つけてしまった【倉敷蓋事件まとめ】”, 2022年9月2日(アクセス日:2025年4月30日).
  3. kenpi20の灰色マインドマップ日記“3分で分かる『本当に危ないところを見つけてしまった・・・』(通称・蓋スレ)まとめ 【ネタバレ有】”, 2016年8月7日(アクセス日:2025年4月30日).
  4. しず鉄ブログ“蓋スレの真相や場所はどこ?区らしきの蓋の福山市住所場所も【倉敷蓋事件】”, 2023年7月3日(アクセス日:2025年4月30日).

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