剣山のソロモンの秘宝 – 名峰に隠された夢幻の古代史

『剣山のソロモンの秘宝』とは

徳島県の最高峰に隠された古代イスラエルの宝物

『剣山のソロモンの秘宝』とは、徳島県の西部(美馬市、三好市、那賀郡那賀町)にまたがって位置する日本百名山のひとつ、標高1,955mの剣山(西日本では2位の高さ)に「ソロモンの秘宝」が眠っているという伝説である。そもそもソロモンの秘宝とは一体何なのか。それは旧約聖書に記された古代の話にまで遡る。

紀元前1000年頃にユダヤ人がパレスチナに建国したとされる国家「イスラエル王国」。その第3代ソロモン王の時代、首都エルサレムに建造された神殿に安置されていたという契約の箱「アーク」。アークの中には、出エジプトでモーゼが神から授かった十戒が刻まれた「石板」、海を割った「アロンの杖」、神からの食物を保存した「マナの壺」が納められていた。これらを「ソロモンの秘宝」という。

だがソロモンの死後に生じた内乱により、国は南北に分裂。その後、前722年に北王国がアッシリアに、前586年に南王国がバビロニア帝国に滅ぼされた。この時、エルサレムの神殿や宮殿、国中の財宝などは破壊・略奪され、秘宝が入ったアークも行方不明になってしまった。

アークと秘宝を巡っては、聖書ではこれ以降に所在がわかる記述が見られなくなる。そのため現在も研究者らによって、ヨーロッパのどこかや、はたまたエチオピアなど様々な説が唱えられている。その候補地の一つとして実は、遠く離れた日本、それも徳島県の秘境・剣山が挙げられている。にわかには信じがたい、そのような話は一体どこから生まれたのか。それは、昭和にある一人の男が、独創的な発想によって導き出した研究結果が起点となっている。

高根正教の独自理論が導き出した宝のありか

剣山にアークがあると最初に提唱したのは、高根正教という人物である。高根は、小学校教諭(のちに校長にも)として働きながら聖書を研究していた。40歳で退職後は、より一層その研究に没頭するようになる。

研究を進める中で高根は、『ヨハネの黙示録』第四章のある記述に注目した。

御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。御座のそば近くそのまわりには、四つの生き物がいたが、その前にも後にも、一面に目がついていた。第一の生き物は獅子のようであり、第二の生き物は雄牛のようであり、第三の生き物は人のような顔をしており、第四の生き物は飛ぶ鷲のようであった。

『ヨハネの黙示録』第四章六節~七節

これらの文章を独自の言霊学で解読したところ、四つの生き物とは日本の四国の隠喩であることに気付いた。

  • 獅子
    ライオン=雷音とも変換でき、雷音がもたらす鳴動は鳴門の渦潮のことを指す。即ち阿波(徳島)。
  • 雄牛
    地図で讃岐を見ると、牛を横から見た姿に見えることから讃岐(香川)。

  • 冠をかぶった人の形に見えることから伊予(愛媛)。

  • 翼を広げた鷲の形に見えることから土佐(高知)。

また高根は、『古事記』の国産み神話にある、四国は「面四つ有り」の記述が、黙示録とリンクしていることにも気づき、このことから黙示録は四国について述べていると解釈した。

次に高根は、同じく黙示録にある次の文章に注目した。

そして、天にある神の聖所が開けて、聖所の中に契約の箱が見えた。また、いなずまと、もろもろの声と、雷鳴と、地震とが起り、大粒の雹が降った。

『ヨハネの黙示録』第十一章十九節

高根によれば、天は英語でTen=10であることから、十の郡がある阿波国のことを指す。また、天は阿波の最も高いところ、剣山山頂のことである。即ち黙示録は、ソロモンの秘宝が剣山に隠されていることを示唆していると結論付けた。

誰が日本にアークを持ち込んだかについて高根は、古代マケドニアの王、アレキサンダー大王としている。アレキサンダー大王は紀元前323年に死去したとされているが、実は自身の死を偽装し日本に渡来して、第10代崇神天皇として生きたという。そして渡来後に、エルサレムに田道間守(垂仁天皇の忠臣、伝説上の人物)を派遣して、こっそりアークを日本に運ばせたという。

なお、これらは高根学説のほんの一部で、他にも、イエス・キリストは日本で生まれた、日本の50音はヘブライ経典であるなどを提唱しているのだが、そのどれもが突飛な発想でもって語られている。

「ソロモンの秘宝」発掘調査の開始

はたから見れば荒唐無稽な論理だが、自説を確信していた高根は、1936年から実際にソロモンの秘宝を求めて、同志とともに剣山での発掘調査を行うようになる。特に、山頂付近の鶴岩・亀岩と呼ばれている奇岩周辺にあるはずと考え採掘していたという。これは、剣山が鶴亀山(つるきさん)という名前で呼ばれていたことが、高根にとっての理由になっている。

掘り進める中で、大きな玉石やレンガ製のアーチ、鏡のように磨かれた大理石などが出土したようだが、秘宝と関連が見られる出土品はないまま、資金不足や官憲からの取り調べ、1943年には第二次世界大戦の影響などで中断を余儀なくされる。終戦後に再開するも、資金が底をつき活動を断念した。

その後高根は、1952年に自身の研究成果を『四国剣山千古の謎』という本にまとめ刊行した。また、息子の高根三教も父の意思を受け継ぎ、『ソロモンの秘宝 四国・剣山に眠る黙示録』(大陸書房、1979年)や、『アレキサンダー大王は日本に来た』(システムレイアウト、1990年)といった本を刊行した。

一方で1952年からは、高根の説に影響を受け、古代史に関心のあった元海軍大将の山本英輔、劇作家の仲木貞一、新興宗教・宙光道教の中村資一郎らがともに、高根に代わるように剣山を掘り進めた。この時、ミイラ100体を発見したとのことだが(真偽は不明)、こちらも結局秘宝に関するものは出てこなかった。

1957年頃からは、高根、山本らに影響を受けた農家の宮中要春が、剣山に寝泊まりし、時に劔神社でアルバイトして資金調達をしながら亡くなる直前まで、その生涯をソロモンの秘宝発掘に捧げた。

こうして一部の人々を熱狂させた秘宝伝説だが、1964年からは剣山一帯が国定公園に指定されたことで発掘調査はできなくなり、秘宝伝説の熱は徐々に冷めていったという。ちなみに宮中は、発掘禁止後もあきらめず、非公式に掘り進めていた(西田茂雄、古川順弘『宝と夢と幻と』国書刊行会、2024年)。

日本とイスラエルを繋ぐ接点

同時期にあった日ユ同祖論の影響

一部にとはいえ、ソロモンの秘宝伝説が受け入れられた背景には、同時期にあった日ユ同祖論(日本人はユダヤ人の子孫という仮説)が影響している。

北王国がアッシリアに滅ぼされた後、国を追放され、行方知れずとなった古代イスラエルの10の民族たち。これらをイスラエルの失われた10支族という。実はその一部が、日本に流れ着いたと言われている。そのため、日本人にはユダヤの血が流れているという。これは、明治時代に貿易商として来日した、スコットランド人のニコラス・マクラウドが提唱したことに端を発している。マクラウドによれば、祇園祭の牛車とユダヤ人が移動時に用いた牛車、日本の古代文字などに類似性や共通点を見出せるという。

日ユ同祖論は昭和戦前に高まりを見せ、一部の研究者や国粋主義者などはこれを支持した。秘宝伝説もその影響の一つであろう。

徳島県内の神社や神事に見えるユダヤとの関連

日ユ同祖論の信憑性としては、決定的な学術的証拠が乏しいことから偽史的とされているのだが、現在も支持者は存在している。特に、日本各地の文化的・宗教的施設や神事、様式などに、ユダヤの影響を伺えるものがあるということで、度々メディアでは「古代史ミステリー」としてオカルト・都市伝説的に取り上げられている。

徳島県においては、県内の神社に日ユ同祖論の根拠として挙げられる、特徴的な神社が存在する。美馬市の穴吹町にある磐境神明神社はその代表ともいえる。白人神社の奥宮であるこの神社は、長方形の石垣に8つの祠があるという、他神社では見かけない特殊な形態の聖域となっている。元は古神道の磐境のようだが、これが古代イスラエルの祭祀場と似ているという。

美馬町にある倭大國魂神社の神紋は、ユダヤ教の典礼具であるメノラー(蝋燭を載せる台)の形とそっくりだという。その他にも、三好市の東祖谷にある栗枝渡八幡神社は、神社名の栗枝渡(くりすど、くりしど)がキリストからきているという。

また、毎年7月に剣山山頂で行われる「劔山本宮山頂大祭」劔山本宮劔神社の祭神である須佐之男命と安徳天皇を祀った神輿を大勢で担ぎ山頂を練り歩く神事なのだが、これもアークが剣山にあることを示していると言われている。そして、担ぐ際の掛け声「エッサ」は、ヘブライ語で「運ぶ」を意味するという。

どうにも眉をひそめたくなるような言説の数々。だが、こんなにも偶然が重なるわけがないと言いたくなる気持ちも分からないではない(実際、元駐日イスラエル大使のエリ・コーヘン氏が各所へ視察に訪れた)。そこで地元の人々は、謎が謎を呼ぶこの秘宝伝説を、町おこしに活用することを画策する。

町おこしに活用される「ソロモンの秘宝」

再び注目された「ソロモンの秘宝」

剣山が国定公園になった後は発掘調査もできず、秘宝伝説の盛り上がりも下火となった。ところが1990年代に、ある男がそのムーブメントに再び火をつける。

かつて発刊されていた『国際文化新聞』の当時編集長であった三浦大介氏は、自身が編集を担当した、高根三教『アレキサンダー大王は日本に来た』の縁もあって、アントニオ猪木、オスマン・サンコン各氏と剣山を登った。そこで古代の神秘に触れ、アークの存在を確信したという。その後は「スーパー・ロマン」と称して、紙面で紹介したり、『アークが剣山から出てきた!』(たま出版、1994年)を刊行するなど、伝説を改めて広く知らしめた。

これに同調するように、ユダヤ問題の研究家、宇野正美氏も自身の著書『古代ユダヤは日本で復活する』(日本文芸社、1994年)などで日ユ同祖論を主張した。ちなみに宇野氏によれば、故郷を追われたユダヤ人が四国へ流れ着いたのは、パレスチナの地形と四国山上が似ていたからだという。加えて宇野氏は、アークと日本の神輿の形状が似ていることも指摘している。アークの下部には、担いで持ち運びできるように2本の棒が取り付けられており、神輿を運ぶための形状とそっくりである。つまりアークは神輿の原型であるという。このことも、ユダヤが四国に到達し、アークを剣山に隠したことの証左であると述べている。

クリプトツーリズムとしての期待

真偽はさておき、伝説のエキセントリックな内容は、どこか冒険心をくすぐられるものがある。そのためソロモンの秘宝伝説は、日本の古代史ミステリーの代表格として、その地位を確立するようになっていた(奇説としてだが)。

そこで地元のまちづくり団体も、伝説をクリプトツーリズムとして地域振興に活用するようになっていく。クリプトツーリズムとは、妖怪、怪物、都市伝説などを観光に活かす町おこしの手法の一種である。事例として海外ではビックフットやネッシー、日本でも岐阜県の柳ケ瀬で都市伝説の口裂け女を用いたイベントなどが話題となった。

1994年9月8日~11日にかけて、徳島県美馬郡貞光町(貞光町は2005年3月1日に合併し、現在はつるぎ町)の商工会青年部は、日本探検協会会長の高橋良典氏を招き、剣山周辺の遺跡調査を行った。また前日の9月7日には、徳島新聞が次のように報じた。

その前日、同年9月7日付・徳島新聞は「古代史ロマンで活性化」という見出しでこのことを報じた。その記事では同商工会青年部の斎藤衛氏が「古代史ロマンは貞光町だけでなく、四国四県にまたがっている。今後は、他地域の有志らにも呼び掛けて情報ネットワークをつくり、面的な広がりを持つ地域振興を図りたい」とコメントし、同紙コラムでも乾道彦記者が「剣山に古代ユダヤ人が移住し、日本の基礎を確立。邪馬台国へとつながっ た-(中略)この仮説と地域振興をつなげ、滞在型の“古代史の里”の整備は、ユニークな構想だ。過疎化に悩む地域にとっては、一筋の光明ともいえる。いかに育て、広げていくか。活動に注目したい」と述べている。

原田実『トンデモ偽史の世界』(2008年、楽工社)

こうして剣山は単なる登山目的とは別に、古代史、オカルト、都市伝説マニアなどが注目する珍スポットとしても人気を博していく。

2014年9月6日には美馬青年会議所が、つるぎ町のつるぎ町就業改善センターにて「剣山ソロモンの秘宝伝説」と題してシンポジウムを行った。そこでは月刊「ムー」編集長の三上丈晴氏による講演やパネルディスカッションなどが行われた。併せて、美馬青年会議所は「剣山 ソロモンの秘宝伝説 ガイドブック」を作成している。

2017年7月23日には、またも美馬青年会議所主催による、「ソロモン王の秘宝『失われたアーク』を探せプロジェクト記者会見&キックオフライブ」が東京都新宿区のロフトプラスワンで開催された。オカルト研究家の山口敏太郎氏(徳島出身)をプロデューサーに迎え、ゲストにタレントの北野誠氏や映画評価家の有村昆氏などが、美馬市役所の観光行政担当者らとともにトークや、伝説を用いた地域振興への抱負を語る記者会見を行った。

徳島県のケーブルテレビ、キューテレビはソロモンの秘宝に関する番組をシリーズとして度々放送しており、内容はYouTubeチャンネルでも見ることができる。

高根資料館の開館

近年、秘宝伝説が若い世代で新たな盛り上がりを見せている。それに一役買っているのが、2022年8月につるぎ町に完成した高根資料館である。建てたのは、隣接している白地山地蔵寺の住職、粟飯原興禅氏である。高根親子が地蔵寺で永代供養された縁から、2人の研究資料を粟飯原住職が預かったことが契機となっている。ここでしか見ることができない貴重な資料が多くあり、テレビや雑誌の取材をはじめ、オカルト・都市伝説系YouTuberらも訪れるなど、こちらも界隈では人気スポットと化している。

終わりに

ただの与太話で終わるか、それとも一発逆転の金脈はあるか

四国はソロモンの秘宝以外にも、邪馬台国阿波説、徳島を拠点とした氏族の忌部氏レビ族説(古代イスラエル12支支族のひとつ)など、古代史にまつわる奇説・異説が多い。このことから研究家の原田実氏は、四国を「日本史のブラックホール」と称している(原田実『トンデモ偽史の世界』2008年、楽工社)。

またそうした説は、結論が先にあってそこに合わせるような論法がしばしばみられる。この場合、反証可能性が示せない、または乏しくなるため学術的な議論がしづらい。つまり学問としての成立が難しいのだが、どこか神秘主義的ともいえる発想から導き出された主張だからこそ、未だに人を惹きつけてやまないのかもしれない。

ちなみに剣山は、源氏に追われ、壇ノ浦の戦いで入水したはずの安徳天皇が、実は逃げ延びた場所という伝承もある。その際安徳天皇は、草薙の剣をこの山に納めたという(剣山の名前の由来とも)。劔神社の祭神が安徳天皇であるのはそれゆえである。加えて、平家の落人が、劔山本宮宝蔵石神社の下に埋蔵金を隠したともいわれている。

キューテレビが2025年6月25日に放送した「ソロモンの秘宝エピソード16」にて、もう掘れないと思われてきた剣山が、頂上付近のみ地権者が劔神社と横井林業グループ代表の横井悌一郎氏であることが分かり、発掘調査ができる可能性が浮上した。そこで粟飯原住職は、高根親子と同じ場所の発掘可否を問い合わせたところ、両者とも快く承諾してくれたという。とはいえ国定公園ではあるため、現在粟飯原住職は申請方法を模索している。申請の目途がつけば、クラウドファンディングで資金集めを行う予定とのこと。

さすがにアークや草薙の剣はなくとも、埋蔵金、もしくはそれに近しい何かはもしかしたら見つかるだろうか(平家のものではなくとも)。トレジャーハントの行方や如何に。


主な参考資料

  1. 高根三教“ソロモンの秘宝”, 大陸書房, 1979年.
  2. 三浦大介“アークが剣山から出てきた!”, たま出版, 1994年.
  3. 原田実“トンデモ日本史の真相”, 文芸社, 2007年.
  4. 原田実“トンデモ偽史の世界”, 楽工社, 2008年.
  5. 栗嶋勇雄“四国剣山に封印されたソロモンの秘宝”, 学研プラス, 2013年.
  6. 西田茂雄, 古川順弘“宝と夢と幻:ソロモンの秘宝を追いつづけた男、宮中要春の残影”, 国書刊行会, 2024年.
  7. 鶴見太郎“ユダヤ人の歴史”, 中央公論新社, 2025年.
  8. 劔山本宮劔神社“劔山本宮劔神社 公式サイト”, アクセス日:2025年7月5日.
  9. キューテレビ“YouTubeチャンネル”, アクセス日:2025年7月5日.

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