『湯涌ぼんぼり祭り』とは
毎年神無月に、金沢の温泉街と神社で行われる祭り
『湯涌ぼんぼり祭り』とは毎年10月に、石川県金沢市の湯涌温泉とその温泉街にある湯涌稲荷神社で開催されている祭りである。



日本で10月は神無月ともいい、各地の神様が出雲に集う特別な月である。湯涌稲荷神社の神様も他と同様に出雲へ帰るのだが、その神様は小さな女の子のため、道中で迷子になってしまうという。そこで道しるべとして人々がぼんぼりを灯し、神様はそのお礼に、ぼんぼりに吊るされた「のぞみ札」に書かれた願いを出雲の神様へ届けてくれる。『湯涌ぼんぼり祭り』は、この物語をベースに祭礼が行われる。
祭り当日の夜、神様の通り道がぼんぼりで照らされ、温泉街入口から神様を迎えるための「神迎え行列」が始まる。その行列が神社に到着すると、本殿で宮司による神事が行われ、神様を出雲に送るための「神送りの儀」へと移行する。




神社から神様を連れた行列は、温泉街の最奥にある玉泉湖を目指し再び巡行を開始する。そして湖に到着すると「神送りの儀」は終了し、いよいよクライマックスの「お焚き上げの儀」となる。


祝詞の奏上が行われるとともに、玉泉湖のほとりでのぞみ札が焚き上げられることで、人々の願いが神様とともに出雲へ旅立っていく。これが儀式の一連の流れである。



一見、古来より続く地域の伝統祭に見えるが、実はそれとは異なる。この祭りは2011年に、あるアニメがきっかけとなって生まれたものである。
アニメ『花咲くいろは』に登場する架空の祭りが発祥
2011年4月~9月に放送されたテレビアニメ『花咲くいろは』。東京の女子高校生・松前緒花が、とある事情から祖母の経営する石川県の温泉街「湯乃鷺温泉」(湯涌温泉がモデル)にある旅館に身を寄せ、仲居見習いとして奮闘する物語である。その作品で、湯乃鷺温泉に伝わる伝統祭として「ぼんぼり祭り」が登場する。特に、最終話にかけて描かれる祭りの様子はとても幻想的で美しい。しかし、この祭りは実在しない、あくまでフィクションである。
そんな架空の創作祭礼を本当に現実化させたのが『湯涌ぼんぼり祭り』である。2011年の第1回開催から毎年行われ(コロナ期間を除く)、2024年で12回目と、一過性で終わりやすいアニメ発のイベントの中でも類を見ない歴史を重ねている。


なぜ『湯涌ぼんぼり祭り』は、これほどまでに継続し、今や本当に地域の伝統祭となりつつあるのか。そこには、実行委員会、製作委員会をはじめとする様々な関係者の、アニメを用いた従来の町おこしとは異なる思いがあった。
「地域祭」として根ざし、維持・継承していく
水害復興3周年という背景
2008年7月に起きた石川県の浅野川水害。湯涌温泉一帯も浸水するなどの被害に見舞われ、夏休みシーズンということもあり大打撃を受けた。そこから何とか復興し、迎えた3年目の2011年。ぼんぼり祭り実行委員長であり湯涌温泉観光協会の山下新一郎氏によると、2009年から製作委員会と交渉を重ねたアニメの舞台モデルの話を観光協会が承諾し、その後制作会社(P.A.WORKS)と話をする中で先方から度々、「ぼんぼり祭り」というキーワードが語られた。山下氏は、その時は作品内のこととして気に留めていなかったが、4月のオンエア開始後、水害復興事業として、製作委員会に祭り開催を打診し快諾されたことで事態は動き始める。そして10月まで半年という短期間の中、製作委員会の協力もあって、無事第1回が開催される。

フィクションだったはずの祭りが、舞台モデルの場所で実際に再現されるという触れ込みは多くの話題を呼び、来場者数は5000人と多くの人々が訪れた。その後も年々来場数は増加している(次年度以降は復興事業とは切り離されている)。
あくまで「地元の祭り」という意識
アニメを用いた地域振興はこれまでも多くある。特に、舞台となった場所を「聖地巡礼」と称して赴くファンたちの経済効果は計り知れない。また、その聖地で行われるイベントともなると、凄まじい効果を地域に与えることが多い。近年の代表例としては、『らき☆すた』と鷲宮神社や、『ガールズ&パンツァー』と大洗町の関係などが挙げられるだろう。
だが『湯涌ぼんぼり祭り』はそれらとは気色が異なる。なぜなら、あくまで『湯涌ぼんぼり祭り』はイベントではなく、神事が主体の「地元の祭り」という意識で行われているからだ。
もちろん、イベントがないわけではない。日中は物販や出演声優のトークショー、主題歌を担当したnano.RIPEのライブなどが毎年行われているが、加えて地元や金沢市と所縁のある演者も出演している(和太鼓などの邦楽器奏者や中高の吹奏楽部、北陸のご当地アイドルなど)。その狙いとしては、アニメ発イベントというだけでなく、地元と共に築き上げ、根ざしていくという思いがある(2024年は大雨の影響で和太鼓演奏等は無くなってしまったが)。また神事に関しても、行列や神様役には地元の人々が参加するなど、一丸となって行われてる。






真正性が表象する伝統感
厳かさを感じる神事
実際の神事が始まると『花咲くいろは』の背景を感じさせない、本物の雰囲気が漂っている。内容としては『花咲くいろは』で行われていたことが再現されているのだが、目の当たりにすると、神事としての厳粛さを感じる。祝詞もこのために宮司が作った本格的なものが使用されているなど、細部にも拘りが伺える。これらの要素も、イベントではなく神事という意識があるからこそである。
こうしてディティールが詰められたことで生まれた神事としての真正性が、ここまで親しまれる地域祭となった要因のひとつではと研究者の中村純子氏は指摘する。
実在する祭礼の要素が包含されたことで醸す真正性
中村氏は『湯涌ぼんぼり祭り』の随所に、日本各地にある祭礼の「伝統的要素」が見受けられるという。
まず主題となっている、女の子の神様が出雲へ帰るという設定は、日本人ならご存じ、出雲の「神議」がベースとなっている。また神迎え・神送りの儀式についても、全国的に近似する神事がみられる。神様が小さい女の子という設定も、北陸では稚児行列や子供が主体となる祭礼があるという(子供の健康や成長を祈願していると考えられる)。
最後のお焚き上げについては、一連を通してモデルになったと思われる祭礼は見当たらないが、富山県の岩稲八幡社で行われる神迎え・神送り行事では、神社の階段にろうそくを灯して神様の通り道を照らし、杉の枝に火を焚くことで神様を出雲に送り出すという儀式があり、類似する点が見られる。これらの点について制作会社(P.A.WORKS)は、言及してはいないものの、会社の本拠地が富山県であることから参考にした可能性はあるとも指摘している。
こうした各地の伝統的要素が織り込まれることで創作の中に真正性が付与され、リアルとフィクションを横断する「ハイパーリアル」な祭礼が誕生した。そして地域祭として、今まさに伝統を創り上げている。最初はファンの来場者が圧倒的多数を占めたが、10年に渡る開催の中で、現在では『花咲くいろは』を知らずに参加する客層もいるという。
ご指摘のように、『花咲くいろは』を知らずに湯涌ぼんぼり祭りへいらっしゃる方は、年々増えてきています。アニメ作品ファン以外の、近隣住民の方や金沢市内在住の方が年々足を運んで下さるようになってきています。
私たちは、最初から合言葉のように「いつか『花咲くいろは』から生まれた湯涌ぼんぼり祭りではなく、湯涌ぼんぼり祭りって実は、『花咲くいろは』という作品から生まれたんだよ」という逆転現象を生み出したいと思って頑張ってきましたので、その点は嬉しく思います。
湯涌ぼんぼり祭り実行委員会, 間野山研究学会編著『湯涌ぼんぼり祭り2011 ‐
2021~アニメ「花咲くいろは」と歩んだ1 0年~』(parubooks, 2021年)

終わりに
末永く続くことが伝統を創り上げる
「昔からある」という言葉の力は大きい。本当に、事実に基づいて存在していたかはここではあまり関係ない。地域の人々に受け継がれ、親しまれていたか。それが、伝統の創造を誘発するドライブとなりえる。そのためには資金や関係各所の調整(飲食や宿泊等)に加え、新たに次世代の担い手が重要かもしれない。
2024年10月19日にNHKで放送された「俚謡山脈のDIGの細道」。番組内で取り上げられた東北各地の地域祭において、そこで披露される土着の踊りや楽器の継承者には若者が多くいた。そのことについて現地の人々は、先輩が魅せる背中のかっこよさが、流行り廃りを越えて若者に響き継承されるといったことを語っていた。そういう意味では『湯涌ぼんぼり祭り』も、人々との繋がり、もたらされる経済効果などに加え、担い手となりたいと思えるような側面が見出せれば、伝統祭としてより根ざしていくのかもしれないと、勝手ながら思った(私が言うよりも既に考えておられるとは思うが…)。まずは、伝統が創られている「今」が末永く続くことを切に願いたい。


主な参考資料
- E.ホブズボウム, T.レンジャー“創られた伝統”,紀伊國屋書店,1992年.
- 湯涌ぼんぼり祭り実行委員会, 間野山研究学会編著“湯涌ぼんぼり祭り2011 ‐2021~アニメ「花咲くいろは」と歩んだ1 0年~”, parubooks, 2021年.
- 遠藤英樹“観光における「伝統の転移」 -「合わせ鏡」に映る鏡像としての地域アイデンティティ-”, 河角龍典教授追悼記念論集, 2017年1月.
- 鈴木凱仁, 坂上友紀, 国島未来, 桑原史朗, 安本宗春“アニメによる「聖地巡礼」を目的としたファンと地域との関わり -沼津市を事例として-”, 追手門学院大学地域創造学部紀要, 第5巻61-84, 2020年3月10日.
- 中村純子“「アニメツーリズム」にみる祭礼の「伝統的要素」 -「ぼんぼり祭り」の民俗学的考察-”, 横浜商大論集, 第56巻2号, 2023年3月.
- 小杉諒一“アニメ聖地による地域振興の成功要件への一考察 -自治体の観光入込客数増加への影響の分析と鴨川の継続的な地域おこしの事例分析-”, NPO法人企業教育研究会.
- “「TVシリーズ 花咲くいろは」公式サイト”(アクセス日:2024年11月14日)
- 湯涌温泉観光協会公式サイト“湯涌ぼんぼり祭り”(アクセス日:2024年11月14日)
- NHK“ETV特集-俚謡山脈のDIGの細道” 2024年10月19日放送)
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