『アテルイ・モレ慰霊祭』とは
アテルイとモレの処刑地で行われている慰霊祭
『アテルイ・モレ慰霊祭』とは、大阪府枚方市の牧野公園内にある『伝 阿弖流為 母禮之塚』で毎年開催される、蝦夷の族長であったアテルイとモレの慰霊祭である。ここはアテルイとモレの処刑地という伝承があり、それに基づき神事が行われている。



しかし実は、アテルイの処刑地は河内国であること以外、具体的な場所は特定されていない。だが1979年頃、牧野地区のある女性が見た夢でのお告げを受け、この地で「独自に祀り始めた」のがきっかけとなり、あれよあれよという間に枚方の歴史として定着した。そして2007年3月には、牧野公園内に『伝 阿弖流為 母禮之塚』(通称、アテルイの首塚)と記された石碑が建立された。
『伝 阿弖流為 母禮之塚』と枚方を巡る歴史について詳しくは、以前私が撮影した記事をご覧頂きたい。
官民一体となって継承されている首塚と慰霊祭
「一人の女性の夢」から生まれた弔いがきっかけとなり、
- 関西岩手県人会・関西アテルイ顕彰会から枚方市への慰霊碑建立の陳情
- 市発行の教科書や郷土史本などへの掲載(現在は削除されている模様)
- 当時の枚方市長、中司宏氏による慰霊碑建立実現に向けた支援
など官民一体となってアテルイの歴史が枚方で創り上げられた。そして石碑建立後、継続して行われている慰霊祭は2024年で18回目を迎えた。
慰霊祭の内容
規模はさほど大きくはないが、片埜神社の宮司による神事(祝詞、玉串奉納、献杯等)が厳かに執り行われたあと、中司宏衆議院議員をはじめとする議員や、清水寺学芸員、関西アテルイ・モレの会による挨拶など、全体を通して30分程度で行われた。




終わりに
史実と神話の狭間で続く、不確かな奇祭
日本には、史実というよりは神話的な伝承が多くある。しかし『伝 阿弖流為 母禮之塚』に関しては、その神話の裏も今や明らかとなっているが、行政・自治体も絡んでいることもあってか、枚方の歴史として予想以上に深く根差している。そのことを、慰霊祭の参列者の面子を見て改めて感じた。
奇祭というと、どうしても見た目や信仰対象、内容の風変わりさをイメージする人が多いだろう。だが、「信仰・伝承とは何か」という観点から見ると、『アテルイ・モレ慰霊祭』はそれを再考させてくれる負けじ劣らずの奇祭だと、立ち会ってみて感じた。

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